思考実験「ザ・バイオリニスト」をわかりやすく解説!【倫理観を問う問題】

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ザ・バイオリニストは哲学者ジューディス・ジャーヴィス・トムソンの『妊娠中絶の擁護』という論文で取り上げられた、命の責任に関する思考実験です。
妊娠中絶について考えるために提唱された思考実験で、トムソンは胎児の生存権と妊婦の体の決定権、どちらが優先されるべきかを問いました。

ザ・バイオリニストとは?

思考実験「ザ・バイオリニスト」は、哲学者ジューディス・ジャーヴィス・トムソンによって提唱された倫理観の思考実験です。
詳しくは、以下のような内容です。

思考実験「ザ・バイオリニスト」

世界的有名なバイオリニストが大病にかかり、あなたの血液でしか救うことができないことがわかりました。
ただし、治療するには9ヶ月の間、バイオリニストの体とあなたの体を管で繋ぎ輸血し続けなければなりません。

つまり、バイオリニストを助けるには、あなたの9ヶ月間の自由が犠牲となるのです。

ある日、目が覚めると、あなたは病院にいて、そのバイオリニストの体と管でつなげられていました。
どうやらバイオリニストの狂信的ファンがあなたを拉致し、勝手に治療を開始してしまったようです。

あなたは突然拉致され、意識のない間につながれたため、治療に協力するとは一言も言っていません。

このまま治療を続けられたら、あなたは9ヶ月間ずっと自由を失うことになります。
しかし、ここであなたが治療を中断してしまえば、バイオリニストは死んでしまいます。

さて、この状況で、あなたにバイオリニストを救う義務があるでしょうか?
また、バイオリニストへの輸血を拒んだ場合、それは殺人になるのでしょうか?

突然9ヶ月間の自由を失ったことになっても、何らかの報酬があれば応えるという人もいるかもしれません。
しかし、ここではあなたに報酬はなく、全てあなたの善意でやることと想定してください。

さて、あなたならどうしますか?



ザ・バイオリニストを考察!本来の目的は?

普通に考えれば、あなたはバイオリニストの治療に関して何の契約も交わしていないため、治療をやめても罪に問われることはないでしょう。
しかし、あなたの決断一つでバイオリニストの命が助かるかどうかが決まることは確かです。

ザ・バイオリニストのような状況は、非現実的で起こり得ない事に感じられるかもしれません。
しかし、実は私達にとって非常に身近な社会問題、「中絶問題に当てはめることができます。

ザバイオリニストを中絶問題に当てはめて考える


「ザ・バイオリニスト」は哲学者ジューディス・ジャーヴィス・トムソンの『妊娠中絶の擁護』という論文で取り上げられていました。
この論文では、「ザ・バイオリニスト」の思考実験を、以下のように置き換えて考えています。

  • バイオリニスト=胎児
  • あなた=妊婦

ザ・バイオリニストにおいて、あなたは知らない間に強制的に繋げられたのですから、我慢して9ヶ月も耐えることに義務や責任はありません
もちろん、「自由を犠牲にしても助けられるなら助けたい」という親切な人もいるでしょう。

いずれにしろ、あなたは親切にする義務はなく、自分の自由を主張する権利があります。

妊婦の権利と胎児の権利

同じように、突然妊娠してしまった女性にも、自分自身の体のことを決める権利があります。

妊娠したら、少なくとも出産するまでは胎児と体がつながった状態で、自由も制限されてしまいます。
望まぬ妊娠であれば、体の苦痛だけでなく心の苦痛もあり、中絶するという選択肢をとることもあるでしょう。

しかし、胎児はこの世に生まれようとしている人間であり、胎児にも生存権があります。
望まぬ形であれ、胎児は中絶されない、という権利が存在するのです。

ザ・バイオリニストの結論

トムソンは、同じように胎児と妊婦の関係であっても、繋がっている義務はないと答えています。

実際の妊娠となれば、およそ9か月以上胎児のために様々な制限が設けられるだけでなく、生まれてくる子供を保護して育てる必要もあります。
しかし、望まぬ妊娠などで中絶の判断を強いられる女性も少なくなりません。

提唱者のトムソンは、胎児の生存権よりも妊婦が自分の体に関する決定権が先にあり、優先されるべきだ、と論じているのです。

臓器移植の問題で考える

次に視点を変えザ・バイオリニストの問題を臓器移植の観点で考えてみましょう。

ここでは、

  • バイオリニスト=臓器移植を待つ患者
  • あなた=健康な臓器をもった臓器提供者

と置き換え、あなたの生死に影響がない臓器を提供すれば、複数の患者を助けることができると考えてみてください。

この場合、あなた一人が辛抱することで、複数の命が助かります。
妊娠とは異なり、育児や責任などの問題も少ないため、「より多くの幸せのために臓器を提供すべき」という意見が少し優勢になるのではないでしょうか。

このような、社会全体の幸福を重視する考え方を功利主義と言います。

しかし、功利主義の下では個人の権利が蔑ろにされる傾向があることが、この例からも明らかです。

家族や恋人といった特別な人であれば、自分を犠牲にしてでも助けたいと思うかもしれませんが、赤の他人に自分の臓器をあげる選択は滅多にできるものではありません。

まとめ

ザ・バイオリニストで問われる人助けや自己犠牲は、功利主義においては義務に近いものですが、道徳的には義務とは呼べません。
思考実験の内容事態は突拍子もなく感じますが、中絶問題は非常に身近な問題です。
哲学者ジューディス・ジャーヴィス・トムソンは、中絶問題はこのように妊娠した母体の人権も考慮すべきだと唱えたのです。