「クオリア」の意味は?わかりやすく簡単解説!

Check point !

クオリアとは、主観的な体験によって起こる感覚のことを指す言葉です。
日本語では、感覚質などと呼ばれ、哲学や脳科学の分野でよく使用されます。

クオリアとは?

クオリアとは、何らかの経験・感覚によっておこる、一人一人が感じる言葉にできない独自の質感のことです。
日本語では「感覚質」と言われることもあります。

つまり、クオリアとは、物事を経験したときに生じる、個人的な意識感覚のことです。

重要な点は、クオリアは言語化できない主観的な「独自の感覚」であるということ。
クオリアとは個人個人が感じる感覚そのものを指しているため、自分の中で発生したクオリアを他人が同じように感じることはできません。

デジタル大辞泉によると、クオリアは以下のように説明されています。

感覚的・主観的な経験にもとづく独特の質感。

クオリアの定義とは?

それでは、さらに詳しくクオリアを解説していきます。
クオリアの定義には様々な考え方がありますが、次の2つの性質があると定義されることが多いです。

言語化できないこと
クオリアは体験から得られる感覚のことなので、すべてを正しく言語化することは困難です。
自分が感じたことをどれだけ言葉で丁寧に説明しても、相手はその感覚をイメージすることしかできず、全く同じ感覚を感じることはできません。
個人的なものであること
クオリアは他人とは共有できない、極めて個人的で主観的なものです。
同じ経験をしたとしても、それによって得たクオリアは他人には理解することはできません。

「感情」や「心」とは意味が異なる?

クオリアは、正確には感情や心などとは少し意味が異なります。

何かを見たり聞いたり経験したとき、それらの出来事そのものや感情ではなく、その際に自分自身が感じた「感じこそがクオリアです。

例えば、クオリアは以下のように様々な場面で発生します。

  • 手を切った時の痛みの感じ
  • リンゴを見て「赤い」と思う感じ
  • ケーキを食べた時の甘さの感じ
  • 好きなバンドのライブでの高揚感

これらの「感じ」のことをクオリアといいます。

単純に、「痛い」「赤い」「甘い」「楽しい」と、経験によって得た感覚に近い言葉で、自分の感覚や感情を説明することは可能ですよね。
手を切ったら、「痛い」と感じたり、口に出したりすること誰しもあるでしょうし、想像することもできます。

しかし、同じようなケガでも、そのケガによって感じる感覚は人によって異なります。
あなたが手を切ったことで感じた「感じそのもの」は、どれだけ丁寧に言葉で説明しても、あなた以外に認識することはできません。

単純な感情や心といったものとは少し異なり、クオリアはこうした「主観的な独自の感覚全般」を指すのです。




他人のクオリアは理解できない

クオリアは他人とは共有できない、といっても、同じ経験をした人となら共有できるのではないか、と思った人もいるでしょう。

例えば、二人が同じ赤いリンゴを見て、「赤いリンゴだ」と認識したとします。
しかし、全員が本当に同じように見えているのでしょうか。

物質に反射した光が目を通り、目から送られた信号をもとに脳がその光を分析し、初めて「色」の感覚が生まれます。

色の感覚・認識というのは人間の脳でおこるものです。
つまり、同じ物質を見たとしても、人によっては全く異なる色に見えている可能性があるのです。

あなたが赤く見えているリンゴも、ほかの人は「あなたにとっての青色」で見えていて、それを「赤い」といっているかもしれません。

このように、ありとあらゆる感覚は個人の脳内で起こるものであり、他人と全く同じクオリアを得ることはできないのです。

クオリアの具体例は?

クオリアは五感などを通じて得られた情報が脳に届くことで発生するとされています。

実に様々な場面でクオリアは生じますが、例えば、以下のような経験によって得られる感覚も「クオリア」であるといえます。

  • 携帯とつけたときの画面の明るい感じ
  • 快晴の空のすがすがしい感じ
  • ピアノを弾いた時の音の感じ
  • 焼きたてのパンのにおいの感じ
  • 友達と別れた時の寂しい感じ

もちろん、これらはほんの一例にすぎません。

これらの例を読んで頭の中で想像したときの「感じ」もクオリアといえるでしょう。

クオリアを考えるおすすめの思考実験

クオリアについて考えると、自分が見えている世界と、他人の見ている世界についての興味がわいてきますよね。

クオリアや自分の認識・他人の認識について考えてみたくなった人には、以下の思考実験がおすすめです。

思考実験をやってみることで、いろんな考えがわいてきて、より深い理解を得ることができます。