思考実験「逆転クオリア」とは?クオリアをわかりやすく解説

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何かを見たり聞いたり、経験したとき、個人個人に生じる感覚のことを「クオリア」といいます。
思考実験「逆転クオリア」は、「同じことを経験しても自分と他人で生じるクオリアは違うのではないか?」という可能性を追求し、自分とは別の視点から世界を捉える哲学的な問題です。

「逆転クオリア」とは?どんな内容?

美しい景色を見た時に息をのむ感じ、リンゴを見て「赤い」と思う感じ……
このような様々な「感じ」のことを「クオリア」と言います。
簡単に言えば、物事を経験したときに生じる、個人の感覚のことです

思考実験「逆転クオリア」は、「自分と他人のクオリアは違うのではないか?」という可能性を追求し別の視点から世界を捉える」哲学的な問題です。

例えば、以下のような状態を想像してみてください。

思考実験「逆転クオリア」
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あなたと友人が、机の上にあるリンゴを見つけました。
「このリンゴは何色ですか?」と尋ねると、あなたと友人は「赤色だ」と答えます。

しかし、実はその友人は、赤と青の色が反転して見える体質でした。
そのため友人には、机の上のリンゴが青く見えていたのです。

ではなぜ「赤色だ」と答えたのでしょうか?

それは、「友人の考える赤」は、「あなたが考える青」を指す色のことだからです。

赤と青の色が反転して見えていても、赤と青の認識も反転していれば、あなたと友人の視界の違いには気が付きません。

「あなたが認識している赤」と「友人が認識している赤」は、全く異なっていたのです。
友人側からすれば、あなたはリンゴが青く見えているにもかかわらず、「赤い」と言っていることになります。

この時、あなたは「あなたの赤」と「友人の赤」が反転していることに気が付けますか?




他人のクオリアは認識できない?

あなたと友人は「リンゴを見る」という同じ経験をしました。
さらに言うと、「リンゴを赤いと思った」という感想も同じでしょう。

しかし、実際にはあなたと友人の内面の「赤」は異なっているのです。
それでも、誰もこの違いに気が付くことはできません。

このように、同じ経験から得るクオリアの違いを考える思考実験全般を、「逆転クオリア」の思考実験といいいます。

機能的には何の問題もなく、まったく同じものを見ていても、内側のクオリアは全く異なるかもしれないのです。

クオリアは自分だけのものであり、どれだけ言葉や態度で他人に示そうとしても、正しく伝えることはできません。
同じ経験をしたとしても、自分と相手が全く同じクオリアを得ているかどうかはわからないのです。

クオリアに関しては、以下の記事で詳しく説明しています。
もっと詳しく知りたい人はぜひご覧ください。

「逆転クオリア」でなにがわかるの?

外側からは全く分からないなら、考えるだけ無意味だと感じる人もいるでしょう。
それもまた逆転クオリアの有力な回答の1つです。

ただ、この実験は「機能主義の否定」という目的のために提唱されたものなので、そちらをご紹介します。

機能主義への否定

人間の心的な現象すらも全て脳の機能の一部とする機能主義という考え方があります。
心や感情の分野における機能主義を簡単に言えば、心や感情は脳や体の機能の一つとする考えです。

「逆転クオリア」は、この機能主義を否定するために使用されることが多いです。

先ほどの思考実験「逆転クオリア」に、機能主義を当てはめて考えてみましょう。
機能主義の立場では、あなたと友人の「赤いリンゴを見ている」という、それぞれの主観的な体験を、全く同じ「赤いリンゴを見ている体験」だと捉えます。

機能の面しか考えなければ、確かに二人とも「赤色を見ている」ことに違いはありません。
しかし、これは正しいでしょうか?

友人には「あなたが青と認識している色」が見えていて、それを「赤」と認識しています。
そのため、実際には違う色が見えているのに、「赤いリンゴを見た」という同じ経験をしたかのようになってしまうのです。

機能主義の考え方では、二人の色の見え方や認識といった、内的体験の相違を説明できません。
つまり、「逆転クオリア」における事例を考えると、機能主義は間違っているといえるのです。

まとめ

このように、物理的・機能的には語り得ないクオリアについて考える事で、もともとあった考え方を別の視点から捉えることができます。
クオリアについてはまだまだ明らかになっていないことも多く、それゆえにクオリアから派生した思考実験は色々あります。
これを機会に、外的世界と内的世界についてクオリアをもとに自分なりに考えてみてはいかがでしょうか。